『働きがい』『社員の幸せ』は企業にとっても従業員にとっても重要なテーマです。社員の離職に悩む経営者や人事担当者、働きがいを見失う方々も少なくありません。令和3年の厚生労働省の「雇用動向調査」によると日本の常用労働者の離職率は13.9%に及んでいます。
そんな中、iYell(イエール)株式会社はバリュー経営を徹底することにより、過去5年間の離職率はわずか2%。2年連続でホワイト企業大賞の対象を受賞、GPTWジャパンの実施する「働きがいのある会社ランキング」でも6年連続で入賞しています。
iYellはどうやって高い社員満足度・幸福度を実現しているのか?
「何をするかより誰とするか」という経営理念、バリュー経営を、どのようにして社内に浸透させているのか?
執行役員CHROの伊東拓真さんにお話を伺いました。
iYell株式会社 |
■大事なのは『どんな事業をするか』ではなく『どんな人と一緒に働きたいか』
岡崎)『バリュー経営』という言葉は、『その会社の価値観』という定義で用いる企業もあれば、『顧客への価値』という定義で用いる企業もあると思います。iYell社では『バリュー経営』とはどういった意味合いですか?
伊東)弊社は「何をするかより誰とするか」を経営理念として創業しました。『仲間同士がお互いに思いやりと持って信頼し合い、一緒に夢を叶えたい人たちとなら、どんなことも実現できる』という考え方が弊社ならびに弊社代表の窪田の理念です。そのため『どんな事業をするか?』ではなく、『どんな人と一緒に働きたいか?』に特化して考えて、『independence主体的に動く』『integrity素直な心』などの18個の要素をバリューとして設定しています。そのバリューを体現できる人々が集まれば、社員が幸せになり、その先のお客さんも幸せにすることができ、結果として企業価値も高まると信じて、なにをするにもバリューを判断基準にして動いています。そういった理由から『人の価値観を重視する経営手法』という意味で、弊社は『バリュー経営』という言葉を用いています。
岡崎)iYell社では『バリュー経営』とは『人の価値観を重視する経営手法』だと捉え、共通の価値観を持った人々で働くことを大事にしているんですね。
■中にいる社員が幸せな状態を作れないのなら、事業が成功しても意味はない
岡崎)一般的な会社で多い『事業の成功や企業の社会的価値を重視する』事業中心の考え方と、御社の考え方は、相反する部分はないのでしょうか?
伊東)
もちろん弊社としても良い事業を作りたいですし、社会に貢献したいとも考えています。ですがその前段階として、『中にいる社員が幸せな状態を作れないのなら、事業が成功しても意味はない』と考えています。価値観・社員の幸せを最優先にして、その次に社会の接点として事業があるという形ですね。
岡崎)優先順位として、価値観・社員の幸せをより上位に置いているんですね。
事業を優先している会社では、『事業』と『社員の幸せ』を両立させることに苦慮しているケースも多々見受けられます。iYell社の場合、その点はいかがでしょうか?
伊東)そこの両立は私も難しいと感じているので何よりもやりがいを感じている部分です。弊社は株式会社なので、株主の皆様に約束した成果を出さなければいけません。事業だけを優先して考えれば、『社員の幸せは二の次にして、とにかく目標の売上を達成する』となるかもしれません。
しかし弊社は事業より文化(社員の幸せ)を優先するので、『社員が幸せであれば必ず事業は成功するはずだ』と考えています。株主の皆様にご満足いただける成果を出しながらも、『社員の幸せを一番大事にする』という姿勢は絶対に変えないようにしています。
岡崎)『社員がどれくらい幸せか』は株主側には見えにくく評価されづらい部分かとは思いますが、上手く事業とのバランスを取りながらも、会社の根幹となる価値観は守っているんですね。
■バリューを浸透させるために大事なのは『手段』よりも『一貫性』
iYell株式会社のバリュー。1つは仕事へのスタンスや行動にフォーカスをした「Job ver.」、1つは想いや心などにフォーカスした「Mind ver.」
岡崎)『会社全体として掲げる経営理念や行動指針などのバリューが必要だ』と意識している企業はここ3年ほどで大きく増えた印象です。一方でバリューを作ったものの社員に浸透させられていない、という企業も多いと感じます。どうすればバリューを社内に浸透させられると思いますか?
伊東)一貫性が最も重要だと考えています。人事制度や経営陣の判断、社員一人一人の行動に至るまでの全てがバリューに基づいているかどうかが大切です。たとえば新卒採用を前提にした人事制度の会社が、『人事制度は変えないけど、採用だけはジョブ型雇用に変える』ということをしても、必ず問題が出ます。そうならないように、あらゆることをバリューに沿って考えなければいけません。
もちろん弊社としても『社員をランダムで毎日5人選んで、バリューに関する話をしてもらう』などバリューを浸透させるための施策は行っています。ですがそういった各論の施策よりも一貫性の方が重要で、そこさえ守っていればバリューは自然に浸透していくと考えています。
後はその前段階として、経営メンバーがどれだけバリューに強い想いを持っているかですね。売上を重視するタイプの経営者は売上のためにあらゆる手を打つと思いますが、それと同じくらい強い想いを持ってバリューに向き合えるかどうかです。バリューを浸透させたいと本当に思っている人は、会社全体に良い影響を与えようと自然に行動し続けますよね。
岡崎)
多くの会社ではバリューを浸透させるための手段を探っている印象ですが、手段云々ではなく、『会社全体が一貫してバリューを基準に動けているか』が大事なんですね。
iYell社の場合、『経営メンバー』とはどのあたりまでの社員をさしているのでしょうか?
伊東)弊社は取締役・執行役員などの役員のほかにも、幹部といわれる経営メンバーが多い会社です。毎年会社の文化を醸成させる幹部を選ぶ選挙があり、『バリューを浸透させて会社を幸せに導けるメンバー』という社員投票で選ばれた7人を文化幹部と呼んでいます。取締役や執行役員が会社の経営全体を見る経営幹部であり、投票で選ばれた幹部は会社の文化(社内の雰囲気等)をチェックします。また事業をマネジメントする事業幹部もいます。『経営幹部』『文化幹部』『事業幹部』の3つを、全体の幹部として位置させています。さらに幹部の一歩手前の幹部候補の層も含めれば、総勢20人ほどが経営に係るポジションについています。
バリューをしっかり浸透させられるメンバーだけが、経営メンバーやマネジメント層になれる仕組みです。
岡崎)役職も立場も、バリューが判断基準になって決められるんですね。
伊東)採用も昇格も評価も、『バリューに共感し体現でき浸透できるか』のみで判断しています。最も若いメンバーでは新卒の3年目の社員が、副グループ長という役職に昇格しています。若くてもバリューが体現できるメンバーなら、昇格できる仕組みです。
経営メンバーや経営に近いメンバーで20人、そのほかにも管理職といわれるようなメンバーが50人ほど、人事チームが10人ほどいて、全社員約350人のうち2割以上が『バリューをしっかり言葉にして浸透させられる』メンバーです。急激に人員拡大してはいますが、社員全体に対する経営メンバー・管理職の割合が低くならないようにコントロールしています。
岡崎)一般的には数名の人事のみでバリューに取り組む企業が多い印象ですが、iYell社では新卒も含めて非常に多くのメンバーでバリューを浸透させているんですね。バリューの浸透度合いに差が出るのも納得できる、説得力のあるお話でした。
■『バリューを体現する』とは、バリューを行動するときの判断基準にすること
岡崎)バリューが浸透した結果として社員個人の幸せはどうなると思いますか?
伊東)バリューとは、一般的な言い方をするとコンピテンシー(※優秀な成果をあげる人材に共通した行動特性)やポータブルスキルに近いと考えています。コンピテンシーが高まれば、どんな会社に行っても成功しやすい人間になれるはずです。
弊社のバリューで特徴的なところは他人への優しさや気遣いなどの『こんな人と一緒にいたら楽しいと思える要素』が加わっています。弊社のバリューを体現している人材なら良い人間関係を築けますし、どの会社で働いても通用しますし、私生活も充実して幸せな人生を送れると思います。
岡崎)iYell社の社員はバリューを体現することで人間力が高まり、優れた人間性になり、幸せになれる……ということですね。
ではバリューを体現するとは、具体的にはどうすることだと思いますか?
伊東)行動するときの判断基準にする、ということです。たとえば弊社のバリューには『持続性を作る』『再現性を作る』というものがあります。目先の売上のために1日24時間働く……などのやり方は持続性も再現性もなく、バリューに反するので行いません。
最も理想的なパターンは経営の意思決定の方向性と今日入社した新入社員の意思決定の方向性がずれないことです。そしてその選択の理由を聞かれた時に、『バリューに沿っていますよね』と新入社員自身が言えることです。会社全体にバリューを浸透させてそのような状態を作ることが出来れば、経営陣と各社員の行動・判断が統一されていくはずです。そうなれば、社員の満足度が高まり結果として経営効率が高まると考えています。
岡崎)バリューを会社全体に浸透させることで、各社員が行動する時の判断基準を統一させるということですね。
■バリュー作りに必要なのは、トップダウンとボトムアップを両方やること
岡崎)ではその前段階として、バリューそのものを作るにはどうすればいいのでしょうか?
伊東)必要なのはトップダウンとボトムアップを両方やることです。たとえば弊社では『経営理念を実現するにはどんな人材が必要か?』という観点から、経営陣が軸となる要素を作っていきます。社員側からも『こんな人と一緒に働きたい』という意見・要望を出します。そうして経営陣の意見で作ったものと、社員側からの意見・要望を融合させれば、各社員が『自分たちで作った』と愛着を持てるようなバリューを作れると考えています。バリューに正解・不正解はないと思うので、経営陣だけでなく社員側の意見・要望もしっかり反映させるプロセスさえ踏めていればいいと思います。
岡崎)『自分たちがこのバリューを作った』と社員一人一人が思えるようなプロセスを踏むことが重要なんですね。バリューが完成した後から入る社員もいると思いますが、その点はいかがですか?
伊東)そういった社員にも、『バリューや制度を自分たちが変える』という体験をしてもらうことが重要だと考えています。弊社では『このバリューを実現するにはこういう行動が必要です』という推奨行動が定められているのですが、その行動の内容を最近大きく変えました。
変更する際には『今の時代に合った行動規範に変えましょう』というお題で全社員にプレゼンテーションをしてもらい、そこに経営陣からの意見も融合させて、トップダウン・ボトムアップを両方やる形で作り上げました。
岡崎)バリューを作る機会が継続的に準備されて、後から入った社員も自分ごととしてバリュー設計に参加できるようになっているんですね。
■採用の基準は『スキル』ではなく、『この会社で幸せになれる人材かどうか』
岡崎)採用の際には、iYell社のバリューに合う人材を選んでいるのでしょうか?
伊東)『その人が弊社のバリューに合うかどうか』には非常にこだわっています。『どんな時にあなたは幸せを感じますか?』『なぜそういう感情を抱いたんですか??』などのバリューに関連した話を、一次面談から最終面談までずっとしています。入社希望者にどんなスキルがありなにができるかは重視していません。
弊社は社員ファーストの経営理念を掲げて、入ってくれた社員には幸せになって欲しいと考えています。そのためには『弊社で幸せになれる人』に入っていただく必要があります。その人がどんな時に幸せを感じるかを徹底的に探り、弊社で働くことが合うかを相手側からも見極めていただきます。弊社のバリューや文化、社内の雰囲気を知ってもらい、『ここで働くことを楽しめるか』をよく考えてもらった上で入社していただいています。
岡崎)入社希望者が会社の価値観に合うか、その人がこの会社で幸せになれるかを重視しているんですね。
価値観はバッチリ合うけどスキルは高くない……といった人が来ることもあるかと思います。その場合でも大丈夫ですか?
伊東)大丈夫ですね。新しく入った社員が会社を楽しんでさえいれば、周りのメンバーもより楽しめるようになりチームに勢いがつきます。そういった楽しさの連鎖により全社に生み出される力は計り知れません。
仮にスキル面にこだわったところで、なんらかの画期的な事業を興して何十億も稼げるような人材は滅多に見つかりません。そんな部分にこだわるよりは、とにかく会社を楽しんでくれそうな人材を集めた方が組織の力は強固になると考えています。
もっと手前でいうと、その人はいるだけで価値があると思っています。楽しんで働いているメンバーは身の回りの人間に、『うちの会社いいよ』と言ってくれると思います。そうなれば、その話に魅力を感じた人たちが弊社に集まってきますし、そういった人たちは弊社の価値観に合うケースが多いはずです。価値観が合うメンバーが増えれば、事業は大きく推進されると考えています。
岡崎)仮にスキルが高くなかったとしても、価値を生み出してくれると考えているんですね。
■人材要件を明確化して組織を変革すれば、どんな企業でもバリュー経営に転換できる
岡崎)他社の話になりますが、『バリュー経営に転換したい』『でも新規で会社を立ち上げるならともかく、すでに社員が多くいる状態から転換するのは難しい』と悩む経営者や人事もいると思います。その場合はどうすればいいと思いますか?
伊東)最も大事なのは経営に信念を持つことだと思います。バリュー経営はあくまで手法の一つでしかなく、売上にフォーカスした経営でも構わないはずです。『会社として何を一番大切にするのか』を、経営者や人事担当者が一貫性を持って語れるかどうかが大事です。
その上で既存の会社がバリュー経営に転換するケースについて考えると、まずはバリューに必要な人材の要件を徹底的に分析すべきだと思います。採用ではその要件に合う社員を入れていけばいいはずです。一方で育成戦略として『どんな人になって欲しいか』を明確化して、既存の社員には会社のバリューに合うように自分を変えてもらう。『バリューに合わず、自分を変えることが多大なストレスになる』という人には、他社に移ることを検討してもらう。そういった形で徐々に組織を変革していけば、どの企業でもバリュー経営に転換することは可能だと思います。
岡崎)必要な人材の要件をしっかり定義して、その要件に沿って徐々に組織を変革していけば、会社は生まれ変われるということですね。
今日は様々なお話をありがとうございました!御社ならではの視点の話が多く、納得感も非常にあって新しい学びを得られました。
インタビュー 岡崎寛之(トレンド・プロ)
編集 伊勢村幸樹(トレンド・プロ)
執筆 茶谷葉
写真 Ren Fujishige